久しぶりの再会@シリコンバレー(サンフランシスコ旅4日目)

今日は、夕方にシリコンバレーの友人ファミリーに会う約束がある。
しかし、思わぬハプニングと時差ボケ、移動の疲れがあるのか、早朝に起きたら体がダルい。
旅の前半に体調を壊すのは面白くないと考え、昼過ぎまで部屋でゆっくり過ごすことにした。
ひとまず二度寝。
そして、再び起きると時刻は10時になっていた。
ベッドの上でスマホ片手にゴロゴロ。
めったにできない贅沢な時間に、気持ちがほぐれているのが分かる。
思う存分ゴロゴロした後、のんびりアメリカのテレビ番組を眺めながら、身支度を整える。
何だかんだで部屋を出る頃には時計は15時を過ぎていた。

事前に調べたところ、友人宅に向かうためには、Cal trainという鉄道の16時15分サンフランシスコ発の列車に乗らなければならない。

列車に乗って向かうと友人にメッセージを送ったところ、ホテルから駅まではUberかLyftを使うといいと連絡が来た。
そうか。アメリカはUberが発達しているのだった。
以前東京で使ったことがある。
アプリを出して見ると、すごい。
さすがUber誕生の地だ。
そこら中にUberカーがいる。
一番安いPOOLと書かれたコースで行き先をCal trainに設定し、呼び出すと5分以内に来るという。
通りに出ると、アプリが示す通りのタイミングでトヨタのカムリが迎えに来た。

ドアを開けて乗り込むと、運転手はHelloとだけ言った。
口数が少なそうな若くてスキンヘッドのイケメン運転手の車内は綺麗に掃除され、匂いにも気を付けているのだろう。
嫌味のないよい香りが漂っている。
おまけにBGMもイケている。
しかし、プロフィール写真の笑顔とは打って変わって、愛想笑いのひとつもしないところが笑える。
社内で再度Uberアプリを見るとAndyさんとJaneさんが相乗りします。と出ている。
相乗り??
どういうことだろうか?
Uberって相乗りだったっけ?
運転手が確認しているiPhoneを見ると、途中経路に(1)、(2)と印が出ている。
しばらくすると(1)の地点で女性が乗り込んできた。
本当に相乗りらしい。
そして、(2)の地点で男性が乗り込んできた。
後で知ったことだが、一番安いPOOLというコースは行き先が似ているユーザが同じくPOOLで予約した場合、タイミングによって相乗りになるらしい。
少し、遠回りになったり、予定時刻より到着が遅れることがあるそうだが、値段は確かにとても安い。
結局、一番最初に乗り込んできた女性が先に降り、僕はCal trainの駅で2番めに降りた。
礼を言うと、運転手は最期まで愛想もなく、目も合わせずYou are Welcome.とボソッと言って、去っていった。

Cal Trainの駅には、十分早く到着した。
先ほどUberで駅に近づくに連れて、窓の外の景色は明らかに治安が悪い雰囲気になっていた。
どうやら駅周辺は余り安心できる地域ではないらしい。
周りを警戒しながら、券売機で券を買う。
初めて利用する列車の券売機。
とまどいながら、まず片道を選択。
僕が降りる、San Antonio駅はゾーン3のエリア内。
そのため、まずモニター内のゾーン3のボタンを押す。
そして、最期の画面がよくわからなかった。
1から8までの数字が並んでいる。
座席の位置指定だろうか?
よく分からなかったのでとりあえず3を押した。
料金は21ドル55セント。
ドル紙幣を入れると、無事に券が出てきた。
取り出してみると、同じ券が3枚ある。
もしかして最期の画面は枚数を指定する画面?
側にいた駅員さんに、このチケットで16時15分の列車に乗れるか聞くと、駅員は僕の手元を見て、なんで3枚あるんだ?と聞く。
間違えて3枚買った。というと、払い戻しはできない。今度から気をつけてくれと言って、2枚を持ってどこかに行ってしまった。
友人にその話をすると、券売機の前に来る人に2枚を安く売ればよかったのに。と言っていた。
たしかにそうだ。
しかし、駅員のおじさんが問答無用で持っていってしまったのだ。
損の分は勉強代ということだ。

Cal Trainは2階建ての大きな列車だった。
(後で知ったのだがこれは日本の企業が製造した車輌だった!)
座席の向き変更ができないタイプだ。
1両ごとに進行方向に対して座席が交互の向きになっている。
後ろ向きに乗ると酔う可能性がある。
僕は迷わず進行方向に向かって座る椅子を選んだ。
しかも、景色がよく見える2階の。
もうすぐ出発というころ、入り口で何やら男と駅員が言い合っている。
男は自分はスーパーバイザーだ!と言い張り、駅員はチケットを見せろと言い張っている。
どうやら、無銭乗車しようとした男を見つけた駅員が男を止めたところ、何故かスーパーバイザーだから、自分はタダで乗れると頭のおかしいことを言っているらしい。
応援の駅員がもう一人駆けつけ、男はどこかに連れて行かれてしまった。

列車は時間通りに出発した。
高架下のコンクリートには色とりどりの落書きが施されている。
おそらくこの地域の不良達が書き込んでいるのだろう。
ゴミもたくさん散乱し、気の悪さが滲み出ていた。
しばらく走ると空港からホテルに向かう時に初めて見た小高い山が再び見えてきた。
そして、電車が郊外に向かうに比例して、街の雰囲気も徐々に洗練されていった。
サンフランシスコの家はどの家もデザイン性が高く、住んでいるのが羨ましい家ばかりだ。
町並みも統一され、アメリカ人が住環境や自らが住む街への関心が高いことが伺える。

車窓からの景色を楽しみながら、1時間30分ほどで列車はSan Antonio駅に到着した。
友人は子どもたちと車で迎えに来てくれた。

友人宅には、4人のゲストが来ていた。
初めて会う4人だったが、アメリカで会う日本人同志は直ぐに仲良くなった。
友人の奥さんはその日の早朝、ハワイから帰ったばかりだというのに、腕をふるって料理を用意してくれていた。
中でも黒肉と呼ばれる牛肉が非常に美味しかった。


黒肉とは、特製の真っ黒なタレでマリネし、漬け込んだ牛肉の塊のこと。
マリネ用の黒いタレは秘伝のレシピで企業秘密だそうだ。
とても柔らかく、ジューシーで味もしっかりついている。
奥さんは、それをオーブンで焼き上げミディアム・レアの状態で切り分けてくれた。
ビールにワイン、日本酒と次々ボトルが空き、久しぶりに会った友人家族と近況報告やアメリカの話で大いに盛り上がった。

時刻はいつの間にか未明近く。
結局、3時30分まで飲み明かしてしまった。
ようやくたどり着いたサンフランシスコで友人たちと過ごした夜は、やはり格別だった。