営業をしなくても仕事をいただけていた当時、最初はクライアントから直接依頼をいただくことが多かったが、そのうち、広告代理店や印刷会社が間に入り、仕事をいただくパターンが増えてきた。
要は、顧客との直接取り引きではなく、間にその会社が入って、クライアントと打ち合わせをしたりするのだ。
要はエージェントというやつだ。
制作費はもちろん、間に入っているエージェントから頂く。
エージェントからクライアントにいくらの値段を請求しているのかは知るよしもなかったが、おそらくコチラの見積もりの2倍以上を出していることは間違いないと思う。
よくそれに異論を唱える人もいるが、仕事を取るということ、間に入って責任を保証するということは、とても大変なことだ。
この手の世の中の仕組みに対して、僕は特に何も思わなかった。
ただ、そんな中、大手のエージェントを通して、決まっていない仕事の企画を持ち込まれることがあった。
つまり、コンペだ。
特に、行政関連の案件では必ずと言っていいほど、このコンペがある。
これが、意外に大変なのだ。
コンペなので、採用されなければ当然報酬はでない。
もし、仕事が取れたらこちらに仕事を任せるから、コンペを通るように良い企画書とデザインを作って欲しいというのがエージェントからの依頼だった。
エージェントは、それまで紙ものやテレビCMなどの仲介をしていた業種だ。
急に勢いを増してきたWEB関連のいい感じの企画をできる人間は、当時まだあまりいなかったのだ。
そのため、自分たちではコンペに通る企画ができないと考えたエージェント達は僕に依頼してきた。
コンペのための企画書づくり、ラフデザイン(→コンペが通ればほぼその通りになるので、ラフどころか本格デザインとなることが大抵。)はとても時間がかかる。
だけど、その仕事を取れたら結構な大口取引だった。
だからこそ、僕は報酬をもらえないかもしれないと分かっていながらも、何度もコンペ案件を受けた。
そのエージェントにお世話になっていたから断れなかったということもある。
実際、僕の企画案は行政のコンペで何度か採用された。
もちろん採択されない場合もあった。
そうこうしている内に、コンペの裏事情をいつの日か知るようになったのだ。
それは何かと言うと、『出来レース』のコンペがあるということだ。
明らかに自信があったプレゼンだったのに、取れなかったことが何度もあった。
当然、僕の企画案より優れた案だったということもあるだろう。
しかし、世の中には、不条理というものがある。
行政は、1つの企業に発注が集中しないよう公平性を期すためにコンペをするというのが、決まりとなっているのだが、実際はすでに発注先が裏で決まっていて、建前上、一応コンペをやっておくということがあるらしいのだ。
馬鹿馬鹿しい!
僕が費やした時間と労力を返せ!!
と息巻くことはなかったが、まあ、世の中そんなもんだろうなと思った。
そのことを知ってからは、コンペの主催と参加企業の顔ぶれを見るだけで、「ああ、今回はあそこの会社だろうな」と勘が働くようになった。
それで、僕はコンペ案件を受けることを辞めた。
「僕にお願いしたい」と言ってくれるクライアントだけの仕事を受けることにしたのだ。
幸い、ご依頼を頂き続けていたからこそ、そうできたのだが、僕にラブコールを送ってくれたクライアントを差し置いて、通るか通らないか、はたまた『出来レース』かもしれないコンペに時間を割くことを辞めたのだ。
求めてくれるクライアントにこそ、時間と情熱を費やそうと決めたのだ。
もちろん、大型のコンペに通れば、知名度も報酬もドンドン上がる。
だから、これは考え方だと思う。
事業をしていると、想定しなかった事に対しての決断を求められるということが往々にしてある。
その時、どんなスタンスを自分は取るのかという軸が重要なのだ。