不穏な足音[V字回復下り坂#7]

危機の足音が聞こえ始めると同時に、もう一つ不穏な足音が同時に聞こえ始めた。

危機の足音[起業話#21]

法人化してまもなく、事務のカズコさんが入院することになったのだ。

聞くと、以前かかった病気の経過観察の結果がよくなかったとのことだ。

退院期間がどのくらいになるのか、少し見えなかったが、その時は3ヶ月ほどで退院できた。

しかし、それから2年立たない内に、再び入院する必要が出たというのだ。

今回も、退院の見通しは入院の時点では分からないとのことだった。

彼女はとても真面目で、仕事熱心だった。

経理を見てもらっていたから、財務の内情も把握している。

会社のキャッシュ・フローが厳しいことも承知していた。

だからこそ、人を1人雇い続ける大変さも分かっていたと思う。

彼女は最初、退院の見通しが立たないから、一旦退社すると言ってきた。

しかし、そうなると彼女自身、健康保険や年金が大変になる。

彼女は、これまで会社のためにとても尽力してくれた、病気だから迷惑をかけたくないから退社すると言われて、「はい分かりました。」とは、とても言えなかった。

だから僕は「迷惑じゃないから。早く元気になって戻ってきて欲しい。」

それまでの、健康保険や年金なんて微々たるものだから、とにかく今は治療に専念して欲しいと告げた。

これは、今でも良い選択であり、懸命な判断だったと思っている。

カズコさんは、たくさんの感謝の言葉を僕にくれた。

僕にとっては、大切な仲間が大変な時に一緒に支え合うのは、当たり前なのだから、そんな感謝の言葉は言ってくれるなという想いだった。

 

だが、カズコさんの病気の経過は思わしくなかった。

中々退院の許可が降りない。

寝る暇もなかった僕は、御見舞にいけたのはせいぜい1ヶ月に1度程度だった。

メールでのやりとりを続ける中、ある日、カズコさんから病状について深刻な内容が送られてきた。

もしかしたらとは思っていたが、やはり彼女は癌だった。

完治は難しいかもしれないとのことだった。

自分の会社のために一生懸命、一緒に働いてきてくれた仲間が病気で苦しんでいるという現実はとても辛かった。

毎日、家族よりと同じくらい、もしくはそれ以上の時間を一緒に過ごしている仕事仲間が、病気で苦しんでいるということは本人が一番つらいと思うが、共に働いてきた人間にとっても、本当に辛い。

他のスタッフもカズコさんの入院が長引いていることをとても気にしていた。

だが、彼女本人の希望もあり、本当のことは伝えられずにいた。

僕のデスクの斜め前にあったカズコさんの空いた席。

一緒に働く仲間のにこやかな笑顔に支えられていたことを、僕は痛感していた。


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