予想だにしない展開[V字回復下り坂#8]

銀行や出資者からの借り入れでなんとか会社が回っていた頃、予想だにしない事が起きた。

いつもと変わらない朝。

朝礼で健康診断の結果通知を各自に渡し、その後、各自席につき、業務を始めた。

僕も自分の健康診断の封筒を開けた。

みんな、体重が増えたとか、お酒の飲み過ぎでΓGTPが高かったとか、和気あいあいとしている中、僕は頭が真っ白になっていた。

僕の検査結果に、前癌の可能性がある結果が出たため、要精密検査と書かれていたのだ。

僕は直ぐにネットで情報を検索した。

初めて見る言葉ばかりだった。

当時僕は32歳で、まさか、自分に癌の可能性が出てくるなんて想像もしたことがなかった。

完全に僕はパニックになっていた。

そして、スタッフには銀行に行ってくると行って、すぐに病院に向かった。

 

病院では、すぐに結果は出ない。

正式な結果が出るまで1週間ほどかかった。

結果、健康診断と変わらない結果だった。

癌ではないが、ステージとしては、癌と診断される一歩前のギリギリのステージだった。

医師からは、経過観察をするか、手術して切除するか、微妙なところだと告げられた。

手術の有無は本人の意思で決めたいということだ。

僕は、ほとんど迷わなかった。

悪いところを切除することを選んだのだ。

とても不安だった。

不安しかなかったといってもいい。

仕事も変わらず続けなければ行けない中、忙しさと不安で僕は混乱していた。

そして、この間、僕はカズコさんのことをよく考えた。

彼女は今、実際に癌と戦っている。

なんて、大変で孤独な思いだっただろうと、心が痛んだ。

もしかしたら、僕も彼女と同じ道程をたどるかもしれない。と覚悟もした。

そして、手術日が決まった夏、スタッフには経営者の研修会に行くと、また嘘をついて一週間、県外に出ていることにした。

そして、その間に手術を受けた。

幸いにして、入院期間は短くて済んだのだ。

しかし、一つ問題が。

僕はカズコさんと同じ病院に入院していた。

もし、鉢合わせしてしまったら、彼女はきっと、とても心配する。

だから、病院には、病室の前に名前を付けず、個室を取ってもらい、自室から出ないようにした。

 

入院している間、僕は考えたこともなかったことをたくさん考えた。

医師からは手術をして、もし癌になっている細胞が見つかった場合は、癌のための治療が必要になる場合もあると言われていた。

もしかしたら、あと数ヶ月、数年の命になるかもしれないとも考えた。

いつか人間は死ぬが、こんなに早く、予想だにしない死の足音を聞くとは夢にも思わなかった。

僕は腹をくくった。

とにかく、今を真剣に精一杯生きようと思ったのだ。

そう腹をくくると、「今」の一秒すらも惜しかった。

時間が、とにかく貴重に思えて仕方なかった。

 

その後、手術は無事終わった。

病理検査の結果も、問題なしだった。

この時は、本当に胸をなでおろした。

僕は退院し、何事もなかったかのように会社に出社した。

そして、「今」一秒の貴重さを身をもって実感した僕は、前にも増して猛烈に働くようになっていた。


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