体が資本[起業話#16]

起業して社長となった人間が、クライアントやビジネスパートナーに「今日は体調が悪くて」なんて言い訳をして、仕事に穴をあけようものなら、次からの依頼がなくなっても不思議じゃない。

ましてや、寝坊して会議に遅れましたなんてことは、もってのほかだ。

風邪を引いて熱をだすこともたまにあったが、自分が経営者だという自覚を持ってからは、不思議なことに風邪を引くことがめっきり少なくなった。

時折、不意に体調を崩すことがあっても、崩しきる前に治したり、仕事に穴をあけることなく、回避できるようになった。

経営者は体が資本だ。

代わりがいないのだから。

だから、なるべく健康や食べ物、生活習慣に気をつけるべきだと思う。

しかし、実際は夜の席の付き合いも多かったりと、なかなか苦労が絶えないのも事実だ。

そうなってくると、経営者というのは無理をしがちになる。

僕が一度失敗したのは、企業した翌年の夏のことだ。

その時は、立て続けに急ぎの仕事が入り、連日連夜遅くまで仕事をしていた。

何本か並行して抱えている仕事の中に、スタッフには任せられない、僕にしかできない仕事が一本あったのだ。

そういった状況の中、その日は、事務所で朝方まで仕事をしていたため、家に帰るのがおっくうになり、事務所のソファーで仮眠をとることにした。

すると、仮眠を取っている最中に突然、腰の後ろに激痛が走った。

あまりの痛みに冷や汗が出て、もう、動けないのだ。

ぎっくり腰なのか、何なのか、経験したことがない痛みに結局寝られずに悶絶し、その後朝を迎え、病院に行っている暇などなかったが、とりあえず朝一で診察してもらった。

しかし、不思議なもので、病院に着く頃には痛みが和らいでしまった。

医者の見立てでは、尿結石が腎盂か尿管を刺激したため、激痛が発生したものの、尿と一緒に流れてしまったのかもしれないとのことだった。

だが、その際、組織を傷つけているかもしれないので、処方された薬をきちんと飲むことと指導された。

ここで僕は、バカなことをした。

処方された薬を薬局に取りに行くことなく、飲まなかったのだ。

あの激痛がなくなったことと、たいした病気じゃなかったという安心感、そして、1分でも早く仕事に戻らねばという思いが先行したのだ。

そして、これがその後の悲劇をうむ。

その後、2日ほどが過ぎ、同じようにハードに仕事をこなす日も続いたが、僕しかできない仕事もいよいよ終盤・・・。というところで、今度は食事をとった後に、急に気分が悪くなり、高熱が出て、再び動けなくなったのだ。

翌日になっても熱が下がらず朦朧とする中、友人に病院に連れて行ってもらった。

診断結果は、腎盂腎炎だった。

あの時、薬を飲まなかったから、症状が悪化したのだ。

医者には、即入院。入院期間は約10日間と告げられた。

入院?しかも10日も??

仕事があるから、そんなには入院できないと言ったが、歩けずに車椅子に乗せられている状態では、なんの説得力もなかった。

結局、病院からスタッフに電話で指示を出し、山のように溜まった仕事も、僕にしかできない仕事もスタッフにやってもらった。

慣れない難しい仕事に、スタッフにはかなりの負担をかけてしまったと思う。

そして、実際に指示を出せばスタッフでもやり遂げることができたのだから、僕にしかできない仕事ではなかったのだ。

もちろん、クライアントからも心配されたものの、苦い声で進捗への不安を吐露された。

この経験が、あったからこそなおさら僕は、自分の体の調子をビジネスに影響させないことに執着した。

人間、生きて入れば、常に健康で元気でいることは難しいかもしれないが、経営者が置かれた環境は厳しい。

なにがあっても、地を這ってでもビジネスを成し遂げるぐらいの気概が僕は必要だと思う。

そして、「自分にしかできない」という状況は、会社としては脆弱だ。

この点は、経営者として常にどうすべきか、どうあるべきかを考え続ける必要がある。


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